大阪中之島美術館
大阪市中之島, Japan
- Architects
- 遠藤克彦建築研究所
- Localització
- 大阪市中之島, Japan
- Any
- 2021
- クライアント
- 大阪市
都市に開かれた美術館として
堂島川と土佐堀川というふたつの河川に挟まれた中洲である大阪中之島は、中世より流通・商業に利する場所として栄えた。この敷地も広島藩の蔵屋敷跡地であり、敷地の地面下には堂島川より積荷を載せたまま蔵屋敷内に船を係留できる「船入」という港があったことが知られている。この建物は、2016 ~ 17年にかけて行われた公募型設計競技により最優秀案として選定され、基本設計と実施設計、監理を経て、2021年6月末に竣工となった。
計画にあたって周辺を観察すると、敷地は中之島の東西を結ぶ重要な結節点であり、このことから人の流れを繋ぎ、各方向へと導くことが重要と分かった。そのため建物には「正面」をつくらず、全方向からの人の流れを、特定の動線ではなく複数のエントランスで面的に受け入れる計画としている。また中之島地域は河川氾濫等の浸水リスクもあることから、浸水被害を物理的に逃れられる3階以上に美術関係諸室を配置することが重要と考えた。一方、1・2階は都市に開いて、美術館を訪れる人以外も普段から利用できるような公共性を提供するという基本構成を想起した。
建物は鉄骨造5階建て、基礎免震構造による美術館本棟と、耐震構造による駐車場棟の2棟によって構成しており、エキスパンションジョイントを介して一体的に計画している。1・2階外部は敷地周辺と連続する広場空間として、都市の回遊性を意識したものとなっている。この接続をスムーズに行うにあたっては敷地周辺の高低差を解消する必要があった。結果、「地形」としてデザインした1・2階の上に、大きくマッスなボリュームの正方形平面を持つ明快な幾何学の「建築」をデザインすることで、都市に浮遊する美術館が形態として表現されることとなった。地形の一部となる2階レベルは周辺の公共施設と歩行者デッキで接続される。また、建物西側にも接続通路の延伸が予定されており、今後の中之島地域の賑わいに寄与することとなろう。
立体的なパッサージュ
来訪者はこの1・2階の外部空間から、内部の「パッサージュ」へと導かれる。このパッサージュという言葉と機能は、設計競技時の要項に計画条件として「建物内にはパッサージュと呼ばれるエントランスホールを兼ねた空間を設ける」と提示され、その解釈は提案者に委ねられていた。計画では敷地周辺なども鑑み、1・2階はいわば駅のコンコースのような公共的なロビー空間としてパッサージュを計画している。来訪者は2階から4階に架けられたエスカレータによって、1・2階の水平方向に広がる視界から上階への垂直移動による体験を得ながら、展示室へと入っていくこととなる。パッサージュは4階では東西方向、5階では南北方向へと各階ごとに方向を変え、大きなボリュームから空間をくり抜くようにデザインされ、各階に積層した立体的なロビー空間を創出している。パッサージュの断面は、そのまま外壁四面に穿たれた開口部の形態でもある。これら上階のパッサージュは、展示室前ロビーとして機能するだけではなく、パッサージュが建物内の全方向に交差して配されることで、四面それぞれから中之島地域への眺望を得ている。展示室の途中に挟み込まれたパッサージュによって、観賞中に都市を仰ぎ見る機会をつくり出すことにより、美術を鑑賞することだけに留まらない、新しい都市体験が可能となる美術館を意図した。また、パッサージュ内で交差する大きな2本のエスカレータは、上りと下りで90度向きを変えて配置することで2階と4階それぞれで着床位置を離している。これにより各階を巡る順路は一筆書きの動線となり、館内の動線交錯を防ぐ。
営みを受け止めるデザイン
黒い外観は609枚のプレキャスト・コンクリート板によって構成されており、表面をアーキテクチュラル・コンクリートとして、岩手産玄昌石砕石と京都宇治産砕砂、そして黒色顔料を混ぜたコンクリートを流しこんだ後、背面にJIS規格軽量コンクリートを一体として打設している。その硬化した表面を超高圧ウォータージェットによって荒らし、そこに無機高濃度シリカ系の複合コーティング剤によってコートして、耐候性の付加と骨材の落下防止を同時に成立させている。表面を削ることによって微細な陰をつくり、素材色に頼ることのなく、深い黒色を外観にまとわせている。一方で内部のパッサージュ空間は、壁、天井共にプラチナ・シルバーのルーバー材によって仕上げた。ルーバーそのものは非常に単純な仕上げだが、背面下地に塗装されたやや赤を含んだグレー色の効果と、吹き抜けトップライトからの自然光、そして室内照明の色温度の違いによって、パッサージュの各面は複雑な色相をまとう。この材の見付寸法は、壁面も天井も全く同じで、各間隔は基準寸法(17.5mm)を中心に30種のストリンガー(嵌合材)にて割り付けられ、全ての壁面および天井面にて、整然と破綻なく目地を通すことを可能にしている。このようなパッサージュのデザインは、将来の展示の可能性を拡げていくものとして、展示室内だけでなく美術館全体を使った展示計画への備えでもある。
黒い外壁を穿つ開口から漏れる光は、この大阪中之島において美術、芸術との関わりを通して表現される人の活動の形でもあり、その活動の場を指し示す記号でもある。そしてこれらの、きわめて単純な形態に内包される複雑な様相を設計するということを通して、現代で建築を設計するにあたって大切なことは何かを追求していきたいと考えている。
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